2011年12月30日金曜日

【第5弾】三陸沿岸部視察と気仙沼・仮設住宅訪問(12月17-18日)/河野敬子さん

気仙沼、小泉の仮設住宅に訪問させていただきました。10月に続き2度目の参加です。
17日は同行の木村さん、岩さんと三陸沿岸部と周辺の道の駅視察。小泉の仮設住宅には18日に訪問しました。

12月18日 一ノ関の宿の外は一面雪景色。
 

雪が積もるかもと考え、前日に野菜のチェック&積み込みを済ましておいたのは正解でした。
雪道に慣れている北陸出身の岩さん(非常に心強かったです)の運転で7時に出発。
雪道を走ること2時間ほど、寒空の中、小泉近くの道の駅「大谷海岸」に到着。
 野菜を各戸用に袋分け作業(お野菜の傷みを抑えるため、小分けは訪問先近くで行います)。

前日お話した道の駅駅長さんと再会したのでちょっぴりお話。
昨日開催されていた「あわび祭り」はお正月準備に恒例のお祭り。
どうやらこのあたりのお正月の定番は「あわび」。今年は津波の影響で大谷海岸近くは開口しないため、開口した「歌津」(近くの町)のもので揃えたとのこと。昨日はあわびを求めて大勢が押し寄せた様子です。
この時期に購入して冷凍保存。お正月にはお刺身でいただくとのこと。あわびが冷凍できることに驚きました。

被災地中継なのか?寒い中、おばちゃんがTVか何かに取材されていました。 
寒さなんて、まだまだこれからだよ~。」と薄着の駅長。頭でわかっていても、体がついていくとは思えないとても乾燥していてキリっとした寒さでした。小さな主張「大谷海岸根性松」。


小泉の仮設住宅に到着
早速代表の方に3人で声をかけに行くと、とてもすてきな笑顔で奥様と共に歓迎してくださいました。「とりあえず、寒いから中でお茶っこして暖まってからボチボチはじめれば。」と代表。
お言葉に甘えて3人でお邪魔し、しばし歓談。白菜漬けがこの上なくおいしく、たくさんいただきました。「寒くなってきましたが、皆さんの体調はいかがですか?」私が一番気になっていたことを伺うと、みんな元気にやっているとのこと。これからも元気に過ごせることを祈るばかりです。

お茶っこしていたら、もう片方の仮設の方が代表宅にいらっしゃいました。 
どうやら代表が事前にお話してくださっていたようで、わざわざ来てくださった様子。もともとは、寒いしお年よりもいらっしゃるので1戸、1戸周る予定にしていましたが、集まってきてくださったので、今更各戸訪問というわけにもいかず、お野菜配布を仮設住宅前のスペースで行いました。ここでも皆さん薄着。でも、ちゃんと帽子はかぶっていらっしゃいました。やはり帽子は必須アイテムですね。皆さんと写真撮影後、しばし歓談。

そんなことをしていたら、お邪魔した方の仮設の方もドンドン出てきて、こちらも各戸訪問を断念。仮設住宅に住んでいらっしゃる方の中には、おうちを見られたくない方、他人を入れたくない方もいらっしゃるはずです。そう考えると結果的には良かったのかもしれません。こちらの方々とも写真撮影。寒空の下、しばし歓談(もちろん話題は集会所)後解散しました。

再び代表の方に「ゆっくりしていけ」の言葉に甘え、さっそくお邪魔して木村さん持参のポータブルプリンターで写真をプリントアウト、袋詰め作業をさせていただきました。
1枚ずつプリントアウトされる写真に歓声。写真のプレゼントはとても喜ばれました。
被災者の中には、過去の写真はおうちと共に流されてしまった方もいらっしゃいます。そんな思いも写真にはあるのかもしれません。

ちょうど代表の方の幼馴染の方が近くの仮設住宅から訪問中で、計6名の大人がコタツを囲み団欒しました。かなりプライベートなお話もあったのでここでは割愛させていただきます。
しばらくすると来客があり、お昼時間も近かったので我々も撤収。 
最後の最後まで集会所の話で持ち切りでした。訴えるようにお話する姿が、前回同様聞いていて辛かったです。
「何にももってこなくていいから、また、来てね。」とみかんやらお菓子やら持たされて、なんだか実家に帰ったようなあったかい気持ちになりました。
皆さんの関心ごとは、2ヶ月前と変わらず集会所。さまざまな努力を重ねるものの、あまり現実的なお話はまだありませんでした。問題解決に向かって団結しやすい環境にあるのも2か月前と同じ。
震災から9か月。悩みも変化してきていると思います。ここまで、生き残った皆さんで協力し合って生活してきているわけですが、時間が経つと共に辛くなることも出てきているのでは?突如、涙があふれてくることもあるのでは?と心配になります。これからどんな支援ができるのか?被災者の方々とどのようにお付き合いするのが良いのか?今後の活動の大きな課題です。

小泉を去った後、「歌津」を通ると仮設商店街オープン記念のイベントが行われていました。
 
がれきの中に突如とあらわれたピカピカの仮設商店街。晴天で空は青く、がれきの先には海が見え、なんだかシュールに感じました。「やっとここまできた」、「まだまだこれから」。いろんな思いが伝わってきて、切なくなりました
さらに南下して南三陸。少しゆっくり歩いて視察。あの時、波にのまれたその場所に立つとザワザワしました。犠牲者の冥福を祈り、手を合わせることで精一杯。帰路に向かいました。
 
今回初めて三陸沿岸をゆっくりめに視察できました。同じ思いを持った仲間と震災について、ボランティアについて、いろいろな話をしながらの時間は、今後も被災地と付き合っていく上でとても有益でした。皮肉にもこの震災がなければ、おそらく接点を持たなかった仕事も住む場所も違う人間が、被災地を一緒に周り、復興支援について熱く語る。不思議なご縁です。その土地に立つとネットやニュースで得られるものとは違うものを五感で感じることができます。もちろん様々な理由でそれができない方もいらっしゃるのは重々承知ですが、形はどうであれ、その地を踏むことで気づくこと、感じることはあると思います。小泉に出入りし始めて3か月ですが、私たちはまだここの方々がどんな生活をしていてあの時どうだったということを知りません。そのうち、もう少し関係が深まったら、一緒に彼らが住んでいた地域を周ってお話を聞ければ何か共感できるものがあるのでは?と思いました

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2011年12月28日水曜日

【第5弾】三陸沿岸部視察と気仙沼・仮設住宅訪問(12月17-18日)/岩正人さん

12月18日に、ビタミン計画派遣部隊の活動として小泉の仮設住宅を訪問してきました。
僕自身としては、10月の女川町桐ヶ崎仮設住宅訪問に続いて2回目の活動です。
また、今回はレンタカーを借りて、津波被害を受けた沿岸部を初めて自分の運転で走り、写真も撮ってきました。
今回も、見たこと、聞いたこと、感じたことなど、書いておこうと思います。



<今回の活動について>

・12月の活動をどんな形にするかについては、費用、アクセス、これまで現地でコーディネートしてくれた方の都合、活動の内容など、そして、仮設住宅の方たちのこれまでの反応、感触、そうした諸事情を考え議論した結果、小泉1カ所に絞って訪問することになりました。(桐ヶ崎については、お野菜支援のみ実施)

・ただ、気仙沼近くまで行くのにとんぼ帰りではもったいないし体力的にもきついので、一泊することにして、もう1日は沿岸部を車で走ろうということになりました。(もう1日は肉体労働系ボランティアという案もあったのですが、最終的にこうなりました)

・僕自身がそうなのですが、ボランティアへの参加で被災地に行っても、ボランティアセンターと活動場所という点と点を行き来するだけで、意外に被災地の状況はよく分からないものです。
今までは、せっかく被災地に行くなら何かお手伝いしなくてはと感じていましたが、被災地の状況も変わってきているし、ここらで一度ゆっくり見て回るというアイデアは、とても魅力的に感じられました。(発案者の木村さんに感謝!)



<小泉仮設住宅訪問>

・一関のビジネスホテルでお野菜を受け取り、途中の「道の駅 大谷海岸」で小分けをして、小泉の仮設住宅を訪問しました。リーダーの及川さんや奥さんたちがにこやかに迎えてくれ、訪れた僕たちも嬉しくなります。

・今回は一軒一軒を訪問して、お土産の野菜を手渡ししながらお話を伺ってこよう。もし「お茶っこ」呼ばれれば話をしてこよう。お茶を何杯も飲んでお腹がちゃぷちゃぷになっても頑張ろう。そんなことを考えていたのですが、及川さんが事前に声をかけておいてくれたお陰で、すぐに奥さまたちが集まってきてしまい、結局その場でお渡しすることになってしまいました。でもまぁ、これはこれでいいか。話をしたい人ばかりではないだろうし。

・その分、及川さんと奥さん、そしてちょうどいらしてたお友達の方とは、ゆっくり「お茶っこ」しながら話すことが出来ました。
派遣部隊も3回目の訪問とあって、被災当時の話題はもう出ませんでしたが、中々進まない集会所設置のこと、役所とのやりとりのこと、仕事のこと、体調のこと、家族のこと、小泉という土地のことなど、いろんな話を伺うことが出来ました。

・仮設住宅の暮らしは、様々な不自由や問題と否応無しに向き合っています。
例えば、小泉の仮設住宅はまだ断熱工事が行われていませんし(実施は来年度だとか!この冬は我慢するしかないのか?)、面積も十分でない、上水道もまだ十分ではない(飲用にはまだ難があり、ミネラルウオーターが必要)。 それに、仕事道具や仕事場所もなくなったまま。etc. etc..

・ただ、そうした不自由や先の見えなさがある中で、何とかやっていこうとされている。こんな苦労はしたくなかったでしょうけど、しょうがない。困っている近所の人たちを放っておけない。立ち向かわざるを得ない。役所に対する延々続く交渉もやらないといけない、そんな姿を見て、少しでもお手伝いしたいと思いました。

・それと、木村さんの秘密兵器 モバイルプリンターが活躍しました!
前回や今回の写真をその場でプリントして渡すと、とても喜んで下さいました。
(芸の細かいことに、プリントした写真を入れる袋まで用意されてた!)
僕も写真好きの一人ですが、写真が人の心をあっためることが出来ることを、あらためて感じました。



<沿岸部を走って、見たこと、感じたことなど>

・今回、南三陸から気仙沼を通って陸前高田まで沿岸部を走りました。それらの大きな町も、途中の小さな集落も、津波の被害がありありと残っていることに違いはありません。かつて商店街であった場所も、住宅が並んでいた場所も、多くは更地になったり基礎だけが残っていました。



・特に南三陸の有様に胸を打たれました。両脇に建物の基礎や瓦礫が残る土地が広がる間を、道が通っています。信号は回復していません。ところどころ交互通行になっていて交通整理が行われています。これが9ヶ月経った三陸の今の姿 なのかと言葉を失いました。
 https://picasaweb.google.com/iwayang/201112171802?authuser=0&authkey=Gv1sRgCKuZ7P2u7KiVxQE&feat=directlink

・一方で、海の水や空、森はとても美しかった。三陸がとても自然に恵まれた土地であったことが感じられました。ただの田舎なのではなく、とても豊かな田舎だったんだ。
それに、お昼に食べた海鮮丼もとても美味しかった!



<今後の派遣部隊活動について思うこと>
・小泉の方たちにとって、月に一度来るだけの派遣部隊が大きな存在だとは思っていません。でも、歓迎してくれる表情を見るとまた行きたいなと思います。がっかりさせたくないと思います。自分たちが出来ることはとても小さいし、無理に大きくすることは出来ないけれど、出来ることを続けていきたいと思います。

・小泉の方たちの買い物状況は、細かくは分かりませんでした。車があれば、さほど遠くないところで買い物はできるようです。 ただ、道の駅大谷海岸がまさにそうだったのですが、品揃えは決して十分ではありません。野菜も魚もお菓子も日用品も限られた中から選ぶしかありません。この地方の正月に欠かせないアワビも限られた量しか販売されず入手出来なかった家が多いようです。
被災地に支援物資が多く届き始めているのも恐らく事実。でも、必ずしも行き渡っているわけではないし不自由さがなくなった訳ではないのも恐らく事実でしょう。本当のところは住んでみないと分からないと思いますが、今回車で走り、見かけた産直ショップ等をのぞいたことで、「満ち足りる」でも「何一つない」でもない今の状況が、何となく分かったように思います。

・こうしたことを感じて、今後も派遣部隊の活動を続けていけたらいいなと思います。僕自身が毎月行ける訳ではないけれど、ビタミン計画派遣部隊として、継続していけたらいいなと思います。


<つけくわえ>
・今回、二人の仲間と旅を共にしました。で、分かったこと。波長の合う仲間との旅は、とても素晴らしい。被災地のことや派遣部隊のこと、三陸の食べ物や酒のこと、全然関係ないこと、いろんなことを話しながら、時には車を降りて写真を撮り、産直ショップで土産を買い、夜は東北の酒を飲みました。
被災地の有様に胸を打たれるだけでなく、深刻に考え込むだけでなく、三陸の土地を見て食べて飲んで感じながら、楽しく旅することが出来たことが、とても嬉しかった。

<つけくわえ 2>
読み返してみて、少し舌足らずでした。補足させて下さい。

道の駅 大谷海岸さん
品物が限られていると書きましたし、それ自体は事実だと思います。
ただ、近隣一体が津波被害を受けていますので、海産物も農産物も調達には苦労が伴うことでしょう。
また、海岸に隣接しているため、建物は大きくダメージを負ったままで、敷地内の仮設店舗での営業ですから、売場面積も広くありません。
働いている方も、どんな被害を受けていらっしゃるかもしれません。
ですが、そんな中で、どの方も明るく元気に営業されていました。

駅長さんに(道の駅なので駅長さんらしい)ビタミン計画のことを説明し情報交換させていただいたのですが、とても有難い活動だし、本当なら是非(野菜提供について)協力したいと思うが、今の状況では量を集めることが難しい。地域の方たちへの供給責任もある、とおっしゃっていました。

そんな「道の駅 大谷海岸」さんのことも、
もちろん応援していきたいと思います!
駅長さん、もし機会があったら、一杯やりましょう!
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2011年12月27日火曜日

【第5弾】三陸沿岸部視察と気仙沼・仮設住宅訪問(12月17-18日)/木村研太さん

◎開催日と場所
・12月18日 気仙沼市本吉町外尾(そでお) *地元の方はこのあたり一帯を『小泉』と呼ぶので文中は小泉で統一している。


◎開催の形態
・18日に、野菜のお土産を持って訪問。


17日 土曜日
早朝の古川駅は薄い雪景色だった。
ここで合流した我々は、レンタカーに乗り込みひとまず石巻方面に向かった。

今回の活動は、グループ内での熟慮の末18日の小泉のみとなった。
イベントの内容の厚みやバランス、グループ内外のスケジュールの調整等があったからだ。
また後述する通り、小泉はいまだ集会所のことが解決していない。
外でのイベントは現在の宮城の気温では無理、とのアドバイスも現地コーディネータ氏から先月の時点で貰っていた。
かと言って、18日のみの日帰り日程というのも、せっかくの東北入りがもったいない。
ならば、土日を使えるだけの時間を使い、宮城から岩手にかけての国道45号線沿いの沿岸部を車でじっくり見てみようということになった。

石巻の市内に入る頃には雪は跡形もなくなっていた。快晴と言ってよい。
石巻の北側から45号線に入るルートを使う。

海に近い戸倉というところから、津波の凄まじい爪痕が見え始める。
陸前戸倉という駅がここにはあったはずなのだが、現在は跡形もない。
重機が何度も入っているようで、この辺り一帯は大規模な開発現場のような状態だ。
駅の跡地に、ブツ切りにされた線路が、綺麗に積み重ねられている。
奇妙な光景だった。


北上して、志津川周辺へ。
大きな町だ。
津波の時の映像をご覧になった方もいらっしゃるだろう。
家屋のコンクリートの土台だけが延々と続き、ところどころ鉄骨だけ残ったビルが何棟も見える。
なにしろ、道路上の車窓から全てが見渡せてしまうのだ。
データで読む被害状況以上のものを、360度全周から嫌でも感じる。

歌津に入る。
南三陸では二番目に大きな町だ。
ここで、個人宅の片付けを手伝っているボラ仲間の陣中見舞い。
労いと、しばしの歓談。

明日活動する小泉(本吉町)を抜けて、大谷海岸(おおやかいがん)へ。
海沿いの駅舎と道の駅の建物が連なったところだ。
道の駅は、仮店舗で営業を再開していた。
ここで昼食をとる。
海岸は護岸のため巨大な土嚢が積まれていたため、海が見えなかった。


県道26号線に入り、南気仙沼を抜けて鹿折唐桑の横を通る。
巨大な漁船が打ち上げられているところだ。
取り壊された家の跡地とそうでない半壊状態の家が延々と続く。
この通りは他のボラ活動で何度も通過しているが、久しぶりに見たら取り壊しが大分進んでいるようだった。

再び国道45号線に乗り陸前高田へ。
グループの岩さんがつぶやいた言葉「巨大で奇妙な造成地」が印象的だった。
高田松原公園と並走する45号線沿いは確かに早くから片付けは進んでいたが、見渡す限り建物の土台だけはしっかり残っているし、水が全く引かない田んぼ(?)も干潟のようにその間に広がっていて、造成地と呼ぶにはあまりにも奇妙な光景だ。
海側にも陸側にも造成地には存在しないはずの瓦礫のピラミッドが林立し、「高田松原公園だったところ」は最早存在しない。
7月に初めてここに入った時は、本当に言葉が出なくなったことを思い出した。

広大な市の中心部は、これまた車窓から全てが見渡せてしまうのである。
津波に襲われた町に共通して見られる光景であり、心にグサリと刻み付けられる印象がまさにこれなのだ。

午後3時半頃、「産直はまなす」に着く。

小さなプレハブのこの建物は、今年の5月から営業を開始した地元の野菜や食材を扱う直売所だ。
ここで野菜を買い、今日の予定は終了。
気仙沼方向に引き返し、国道284号線で一関の宿へ。


18日 日曜日
一面の雪景色の一関を後に、再び45号線の旅へ。
本日は復路。ひたすら南下の旅だ。
昨日休憩した大谷海岸で、宿に届いていた野菜を小分けにする作業を行う。
寒い。風もある。
良く晴れていて沿岸部はわずかに雪が残っている程度だが、日陰の冠水部は凍ったままだ。

本吉町に近づく。

津谷川とその支流沿いを津波が遡り、海抜0mに近いところはほとんど流されてしまった。
小泉の仮設に入居されている人達は、ほとんどその辺りに住んでいたとのこと。
当時川にかかる橋が流され、45号線は分断。
近くの小中学校に避難したものの陸の孤島と化してしまい、支援が受け辛い大変な状態に陥ってしまったという。
Googleのストリートビュウで、この橋の近くの気仙沼線の鉄橋の上に「家が数軒乗っている」のが確認できる。
(現在は仮とは言え、立派な橋がかかっているので通行に問題はない)

この近く、やや北側に45号線と346号線が出会う場所の近くに、気仙沼線の本吉駅がある。
その西側周辺にまで津波が来たことがGoogleマップで確認できる。
海沿いの山の反対側にまで水が来たように見えるが、津谷川とその支流の位置関係からこのような結果となったようだ。
川の流れが津波の被害を左右する、この点留意しておきたい。

平貝の仮設住宅に到着。
代表の方に挨拶すると、「寒いから上がってお茶でも飲め」と。
遠慮なく上がり込んで、お茶を呼ばれる。
みかんや白菜のおしんこなど、次から次へ出してくれる。

白菜のおしんこが実に美味しい。
上がるとすぐ「コタツのある台所」なのだ。
でも、奥さんの工夫でおしんこはキチンと用意されている。
漬けダルは外に置いてあるらしい。

しばし、世間話。
集会所の進行具合が難儀なこと。
体調のこと。
仕事道具一切が流されたこと。(代表は大工さん)
家族のこと。(どうやら無事だったらしい)

「いい町だったんだよ……ホントに」
ポツリと代表がおっしゃった。
聞けば、近くの海岸も消えてしまったという。

外がなにやらガヤガヤしてきた。
ここの仮設の人達が、集まっていた。
予定では、各家を野菜を手みやげに巡回して行くことになっていたのだが、一斉に集まってしまった……らしい。
代表の方が前もって伝えてくれたからなのだが、こうなってしまうともうあとは土産の野菜を手渡すしかない。
来てない人の分も、持って行ってくれるとのこと。
部屋番号と名前を書き取りながら、あっという間に手渡し終了。

再び代表の方が、「上がれ上がれ」と。
遠慮なく上がり込む。
メンバーの河野さんにスナップ写真をお願いしておいたので、持参したポータブルプリンターで人数分プリントアウトすることに。
ついでに代表のお宅の中でみんな一緒にパチリ。これもプリントアウト。
写真プリントは結構喜ばれるんだなと実感。
今回も包丁研ぎの準備をしてきたのだが、出番のないまま出発することに。
ちょうど、集会所の件で代表の知り合いが訪ねて来てくれたタイミングだった。

さて再び45号線の旅。

昨日寄った歌津に再び立ち寄った。
去る12月13日にオープンしたての、伊里前「福幸」商店街が気になっていたのだ。
家の土台だけが並ぶ町の中心部に、コンテナで建てられた新たな商店街。
屋台も出ていたので、早速買い食いタイムだ。


気仙沼線の歌津駅も気になっていたので、見に行く。
高台にあるので駅舎は無事だが、駅舎に上がる二つの階段のうちの一つと線路は壊滅状態。
ホームも土台ごと一部欠損。


商店街に戻ると、ミニライブやお囃子のイベント。
今後の商店街の行く末が気になる。
仮の建物から本番の建物への移行はあるのだろうか。
あるとすればいつ頃なのだろうか。
町が町のカタチを取り戻すのはいつのことだろうか。


南下し清水浜を経て、志津川へ立ち寄る。
本浜町という港寄りのところを歩いてみた。
欠壊した堤防周辺は、コンクリート地面が根こそぎ持って行かれている。
他の港などでも見られる光景だ。
港そのものが破壊されてしまうという、後々まで尾を引く激甚災害。


少し引き返して、志津川の「住宅密集地らしきところ」の「細い路地裏らしきところ」を歩いてみる。
土台の痕跡はハッキリしているので、町の様子はなんとなくだが分かってしまうのだ。
怖いとか淋しいとか、もっと何か感情が湧いてくるかと思っていたが、妙に心が静かだった。
でも、自分の感情に何かブレーキがかかっているような感覚もあった。
そういう装置が自分の内側にあるのかもしれない。


もしもここが自分の故郷だったら?
多分、ここに立つことは出来ないかもしれない。

そろそろ旅の終わり。
昨日の逆のルートで、古川駅に向かって行く。
太陽が沈んでいるわけではないのに、午後3時を過ぎると空がうっすらと夕方の色になってくる。
そうなると不思議と気持ちが急かされてくる。



この辺りは2月が寒さのピークだと、ある人に聞いた。
その人は、「2月に向かって徐々にさむくなっていくこの感覚はいやな感覚」とも言った。

季節が進むと、さらに空の色に急かされるのだろうか。
冬の東北をもっと知りたいと思った。


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2011年12月18日日曜日

【第36弾・大槌】と【第38弾・亘理】 お届け完了!

【第36弾・大槌】
お届けは、2日に完了しております。お礼状の一部ご紹介致します。
“いつも皆さんのために新鮮なお野菜や果物をありがとうございます!
今回は長芋が入っていて皆さん久しぶりーといいながら大変喜んでいました。
そしてリーフレット眺めながら皆さんが「本当にいつもいつも助けて頂いて感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとございますとお伝えください」と涙を流しながら仰っていました。
私がお渡ししている方々は様々な事情を抱えていますが、感謝の気持ちを忘れずに持っていてくれることが、とても嬉しいなと感じています。
町の復興はまだまだで先が見えませんが、それでもその方々の笑顔が少しでも見れたことが私にはとてもとても嬉しかったです

出荷写真と明細はこちらをご覧下さい。(提供:道の駅・石神の丘様)

【第38弾・亘理】
こちらは、12日、亘理町応援団さまの活動をお手伝いさせて頂きました。リーフレットとお野菜を手にする皆さんの写真、この他にも沢山お送り頂きました。こちらのリンクをご覧下さい。
出荷写真と明細はこちらをご覧下さい。(提供:道の駅・石神の丘様)

【第5弾・気仙沼】現地活動
こちらは、本日、小泉地区仮設住宅に、お土産としてお渡ししたお野菜です。お正月用に、黒豆が初登場です。
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2011年12月16日金曜日

12月の現地活動や活動履歴など

活動履歴
まずは、ズズーッとスクロールして下さいまし(笑) 活動履歴、今年分の履歴と予定を全てアップ致しました。お野菜支援は、何と全部で40回! 皆様のお力添えのお陰です。本当に有難う御座います。現在、新しい取組みに向けて、少しずつ動き出しています。今後ともどうぞ宜しくお願い致します。

【12月の現地活動】
今月の現地活動は、あさって18日に気仙沼は小泉の仮設住宅に訪問致します。
以前にもお伝えしたように、こちらは住戸数(18戸)が少ないため、集会所が併設されていません。先月は、バーベキューを行いましたが、寒さの厳しい折、住民の皆さんに外に出てきてもらうのは、少々躊躇われます。という訳で、今回は、一軒一軒、お土産野菜を手にお宅訪問に挑戦です。上手くいけば、ちょっとお邪魔して、お話を聞かせて頂けるかもしれません。訪問員は、木村さん、河野さん、 @iwayan22)さんです。報告をお楽しみに。
先月の活動
先月の活動
気仙沼のプランター
女川のお土産野菜

【先月の活動資金】
大変遅くなりましたが、明細や領収書をアップしました。ご確認下さい。こちらの口座は、監査役のOtsuka(@NON3)様に共同管理をお願いしております。当計画のご支援金の方針などについては、Q&Aをご参照下さい。

リーフレット
https://picasaweb.google.com/112520397987164546485/__?authkey=Gv1sRgCKnvv-q2mPnaEw#5675870482633882594現在までに、山田町、大槌町、亘理町、女川町に配布済みです。こちらの印刷代と各お届け先への郵送料は、皆様の募金でカバーさせて頂く予定です。トータルで5千円ほどになります。ご了承下さいませ。
また、ご賛同者様から「知り合いに配って、ビタミン計画を紹介したい」というお話を頂いております。有難う御座います! 印刷用ファイルをアップロード致しました。是非ご利用下さい。


【目標額について】
ご支援金のターゲット金額についてご質問を頂いておりました。Q&Aご寄付のページに説明を追加致しましたので、宜しければご覧下さい。
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大槌町の現況写真

下記にご紹介するのは、先月末の大槌町の様子です。いつも当計画の野菜をお受け取り下さる集落の代表の方が、写真を届けて下さいました。テレビで映し出される大槌の町は、(報道数自体が減ってしまいましたが)中心部の国道周辺に限定される為、今回は、より海に近い地域まで足を運んで頂いたようです。人気の失われた町には、工事用のトラックだけが行き交います。
「今回、改めて分かりました。月日がたっても、この光景に慣れるということはないのだと……」
土台しか残っていない妹さんの家を撮影している時は、どんなお気持ちがしたでしょう。つらいという言葉では、表現しきれないように思います。
マスコミの報道は、往々にして美談に偏りがちです。時に気の滅入るような内容であっても、今のありのままを知ってほしい。被災地の皆さんの共通の願いです。

【須賀町から小枕地区付近】

大槌町須賀町付近から車で小枕の岸壁があった場所まで移動しながら撮影。”

相変わらずの土台のみの風景。そして地盤沈下した影響で雨水も溜まっています。”
水門は付近は道路はボコボコ状態。橋を渡る前と渡ったあとの道路は土がもってありました。”
岸壁があった場所はすべて海になっていました。”


【新町付近】

白く大きな建物は大槌病院、土台は、妹の家です。土台のみで、どこの家のものか分からない洋服やお皿などの破片、CDやDVDが散らばっている状態。暖かい時に生えていた雑草も今は枯れ果てています。
防波堤の外は川ですが海に近いです。内側は所々水がたまっています。少しずつ、残っていた建物が取り壊されてきていて、更に殺風景になってきています。
しかし、本当に何もなくなってしまいました。
妹の家の近くには、親戚の家もありましたが、ご近所の家と共に何もなくなりました。土台すらない家もあります。土台すら残らないなんて虚しいですね。

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2011年12月11日日曜日

【第35弾】と【第37弾】は、プロジェクトNext様から山田町の皆様へ

【第37弾】山田町
順番が前後しますが、まずは、今月8日のお届けをご報告致します。出荷写真と明細はこちらをご覧下さい。(提供:道の駅・石神の丘様)



















プロジェクトNextの打越先生から、当計画のFacebookにメッセージを頂きました。以下に転載します。
“ビタミン計画のみなさま、支援者のみなさま
三陸沿岸への支援活動を行なっている支援団体プロジェクトNextの打越と申します。
いつも素晴らしいお野菜やお肉などの食材をご支援下さいまして、大変有難うございます。
昨日お届けいただいたご支援は、その日のうちに山田町のみなさんへ届けられました。今回は野菜と肉とうどんのセットで、そのまま焼うどんが作れる嬉しいご配慮をいただきました。みなさん、笑顔でとても喜んでくださいました。
今後とも三陸沿岸被災地の方々をお見守りくださいますようお願いします


【第35弾】山田町
先月30日のお届けです。山田町の「織笠小学校仮設住宅」にお届け頂きました。出荷写真と明細はこちらをご確認下さい。(提供:道の駅・石神の丘様)








2枚目は、仮設住宅の集会所の様子ですね。被災地の皆様には、新鮮なお野菜とお肉をを沢山食べて、寒さを乗り切って頂きたいと思います。

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最後に、是非、プロジェクトNex様のブログをご覧下さい。当計画について、書いて下さっています!
今日まで活動を継続できたのは、皆様の暖かいご支援のお陰です。今更ですが、支援活動で一番大事なことは、信頼関係なのだと学ばせて頂きました。本当に有難う御座います。今後ともどうぞ宜しくお願い致します。
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000【ビタミン計画】 発起人 飯塚めぐみ
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